<石川健次「色彩に注がれる不断の視線」毎日新聞,2002年1月29日,夕刊>

 

 色彩が、そのまま世界なのだ。ササキツトムの作品を前ににひときわその思いを強く抱く。ササキの絵画をまず特徴づけるのは、本展図録に寄せられた一文に例を引けば色彩の<混濁>だろう(林卓行「Sweet & Bitter」)。作家は絵の具を何層にも重ね、同時にしばしば塗ったばかりの絵の具を拭って下の層を露出させる。

 激しい身振りでたたきつけられた絵の具ならダイナミックな物質間の中に凶暴なエネルギーをたたえるかもしれない。だが優しく、薄い皮膜を何度も覆いかぶせるようにして塗り重ね、拭われるササキの絵の具は、静かに溶け合い、時にやわらかく反発し合う。幾重もの色彩と色彩、折り重なる筆触と筆触がじわじわと浸潤し、まさに<混濁>する。見る側にしてみれば、まるで遠く彼方で揺らぐ灯、あるいはすぐ目の前を照らすかのように、色彩と筆触は<混濁>のなかで<ゆっくりと明滅を始める>のだ。

 しかもその<混濁>や<明滅>の多彩さ、豊かさといったら…。一連の作品を通じて、どの色彩や筆跡も類型や秩序を感じさせないといっても過言ではない。個々の作品で、あるいはそれらすべてを通じて、さらに詳述すればすでに塗り終えた色彩や先に描いた筆触、あるいは前に制作した作品と常に新たに向き合い、また新たに出発し、次々と過去の手際を覆してゆくプロセスとそれを可能にする強い意志や力量に驚く。

 静止し、完結した<混濁>や<明滅>などよもやあり得ないだろう。<混濁>し<明滅>する色彩の場としての絵画が無限の時を刻む、換言すれば<混濁>や<明滅>を出現する色彩へ注がれる不断の視線が作家の真価、自らに課す日常なのだ。ありふれた見せかけの奥行きや見る側の関心を引き寄せる強烈なイメージ(中心)など、絵画の常套とも無縁でいたい願う思いが背後に控えるのは言うまでもない。1968年生まれ。2月1日まで、東京都武蔵野市吉祥寺本町1の20、ギャラリーαM(0422・22・1399)。